【連載】千代田中央法律事務所 佐藤弁護士が解説!タイの労働法制

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前稿まで、タイにおける労働法制について総説的に取り上げてきた。本稿では、具体的な事例を通じて、実務上の労働法規の運用、使用者として従業員との紛争を避けるためにどのように立ち振る舞うべきかについて検討していく。
本稿においては、就業規則の内容の適法性、当該事例への適用の当否が争われた事件について取り上げることとする。

1.事案の概要

Y社の就業規則においては、管理部の許可なく就業中もしくは工場、社屋内において飲酒することが禁じられていた(以下、「就業規則1」という)。また、就業規則1に違反した場合は、労働者保護法119条1項4号の「重大な違反」とみなす旨が併せて規定されていた(以下、「就業規則2」という)。
Y社の従業員であったXが、社屋外にて飲酒後、酩酊したまま出勤したところ、Y社は、当該Xの行為が就業規則1に違反するとして、就業規則2によって、警告文を発することなく、労働者保護法119条1項4号により、解雇補償金を支払うことなくXを解雇した(以下、「本件解雇」という)。
Xが労働裁判所に出訴。

2.判決

【結論】
本件解雇は、不当解雇に当たらない。
【理由】
①就業規則1は、従業員が飲酒によって酩酊することによって、ほかの従業員の身体やY社の業務に障害を及ぼすことを防止することを制定趣旨としていると認められ、当該制定趣旨は合理的である。
②そして、Xが酩酊したまま出勤したことは、就業規則1に違反する行為に当たる。
③Xの業務は、重量物を運搬するクレーン車の運転であるところ、その就業においては、高度な注意力が要求される。また、Y社においては以前に、クレーン車運転中の操作の誤りによって、従業員が重篤な傷害を負った事故が実際に発生していた。
以上より、上記Xの就業規則1への違反は、労働者保護法119条1項4号にいう「重大な違反」に当たり、警告文を発することなく行った本件解雇は、適法である。

3.解説

本件解雇は、労働者保護法119条1項4号によって行われたものである。同規定は、就業規則等合理的な使用者の業務命令に違反し、使用者が文書によって警告を行った場合に、解雇補償金を支払うことなく労働者を解雇できる旨規定し、但書において、重大な違反があった場合は、警告を不要としている。そこで裁判所は、まず、就業規則1の内容が合理的であるか否か、次に、就業規則1を本件におけるXの行為に適用することができるか、そして、本件Xの行為が、事前の警告を要しない「重大な違反」と言えるか、について判断することになる。
これら3つの論点全てが肯定された場合に、本件解雇は適法と判断されることになる。
判決は、まず、就業規則1の制定趣旨の合理性を認め、その内容の合理性を肯定している。
次に、Xの行為は、飲酒行為自体を就業中やY社社屋内で行ったものではなかったため、文言上は就業規則1の適用を受けない。しかし、認定した就業規則1の趣旨に照らして、酩酊したまま出勤したXの行為も、就業規則1が禁じるものであるとして、Xの行為に対する就業規則1の適用を肯定している。
そして、Xがほかの従業員の安全確保上殊更に注意を要する、クレーン操縦に従事していたこと、Y社においてクレーン車の操縦ミスから実際に重大事故が起きていたことから、就業規則1の趣旨に照らして、Xの行為が就業規則1への「重大な違反」に当たることを肯定した。
なお、判決においては就業規則2について触れられていない。
「重大な違反」の有無は、裁判所が判断すべき事項であり、裁判所は、就業規則2の存在に拘束されない。つまり、仮に本件においてXの行為が就業規則1への「重大な違反」には当たらないと裁判所が判断した場合は、就業規則2にかかわらず、本件解雇は違法と判断されたものと思われる。

4.同様の問題への対応について

タイにおいては、解雇に当たって原則として解雇補償金の支払が必要であり、支払を要しない場合は、労働者保護法119条1項各号に定める場合に限られる。このうち、使用者がその要件にコミットすることができるのは、第4号のみである。
使用者としては、就業規則を詳細に定めておくことは、従業員を適切に管理し、万一の場合は迅速に解雇補償金を支払うことなく解雇を行う上で、極めて重要になってくる。但し、当然のことながら就業規則の内容には、合理性が要求される。特に他にあまり例がない規則を置く場合は、当該規則制定のきっかけとなった事実(いわゆる立法事実)を伴っていれば、合理性を主張しやすい。
また、就業規則違反により解雇を行う場合、就業規則は、いわば刑罰法規と類似した働きをすることになる。刑罰法規には、対象者の自由や予測可能性を簒奪しないために、明確性が要求され、拡大解釈は厳に慎まれる。
この度挙げた事例においては、文言上厳密に言えば該当性がないと言えるXの行為について、就業規則1への該当性が肯定されたが、このような例は決して多くはないと思われる。就業規則を詳細に定めておくべき理由である。
【共著:平井遼介弁護士】

 

chiyoda

佐藤聖喜 代表弁護士
千代田中央法律事務所・バンコクオフィス
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South Sathorn Rd, Yannawa,
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