専門家がトラブル事例をもとに解説 VAT未還付問題とその対策(前編)

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在タイ日系企業が直面するVAT還付に特化した永峰・バンチキ事務所の山崎宏史(日本国公認会計士)が、VAT未還付事例をもとに問題の原因と対策について解説。事業の存続をも左右しかねない事態を防ぐには?

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山崎宏史 Koji Yamazaki
永峰・バンチキ会計事務所 公認会計士
名古屋大学経済学部卒業。監査法人トーマツにて金融機関、グローバル企業の監査業務に従事後、永峰・三島会計事務所に入所。現在はバンコク事務所(永峰・バンチキ)に駐在し、在タイ日系企業に対して税務コンサルティング業務を行っている。
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1 はじめに

VAT未還付問題に陥ってしまった企業の事例にはさまざまなものがあります。また、問題が発生する段階も原因も多種多様です。
本稿では、弊社が実際にご相談いただいた事例のなかから典型的なものをご紹介します。

2 VATの還付ができなくなってしまった経緯

事例の企業は日系の在タイ製造業者です。設立してしばらくは工場建設費の支払いや機械設備の購入金額が多額に上り、月次の仕入VATが売上VATを大幅に超える月が続き、繰り越されたVATは5000万バーツまで積みあがりました。
その後設立から1年が経過し、工場が本格稼働し売上が徐々に計上されるようになり、月次のVATの納税金額は100万バーツ前後で安定するようになりました。タイ人経理マネージャーは設立時から繰り越されたVAT5000万バーツは4年程度ですべて相殺されるという計算のもと、還付の申請は行いませんでした。
しかしながら、設立から2年が経過したころから、得意先の都合で輸出売上が増加することになりました。輸出売上に対してVATは免税となるため、輸出売上割合が増加すると月次のVAT納税金額は小さくなります。昨年度までは100万バーツ程度であったVAT納税額が20万バーツ程度まで下がり、残り3年程度で相殺されると計算されていたVATの繰越金額残高4000万バーツの相殺に15年〜20年程度が必要となってしまいました。

相殺できるはずのVATが1億円の損失に

そして設立から3年が経過したころ、新たな輸出取引が始まったことから、売上全体に占める輸出売上の割合がさらに上がり、ついに月次のVAT納税金額は毎月100万バーツのマイナス(還付)となってしまいました。
これにより3800万バーツまで相殺されてきたVATの繰越金額は増加に転じ、相殺の可能性はほぼなくなりました。
その後、件のタイ人経理マネージャーは退職し、新たなタイ人経理マネージャーを採用しましたが、会社のシステム把握にはまだ時間を要する新任タイ人マネージャーは、VATに関しても繰越処理を選択。設立から4年が経過したころには、ついにVATの繰越残高は5000万バーツにまた戻ってしまいました。
財務諸表上、徐々に消えると説明を受けていた〝未収税金〞勘定が逆に増加していることに日本親会社の経理が疑問を持ったことで問題が発覚しました。
即座にタイ側経理マネージャーにVAT繰越残高5000万バーツ全額の還付を申請するよう指示を出したものの、5000万バーツのうち、3800万バーツは、発生後3年間の申請期限を既に経過してしまい還付の申請はできない旨の説明を受けました。
結果として、3800万バーツを損失処理しなければならず、日本親会社の連結財務諸表上は1億円を超える多額の損失を計上することになりました。

3 対応すべきであった事項

この事例で、ひとえにタイ人経理マネージャーの責任であるとは断定できません。
設立当初に発生したVAT繰越金額5000万バーツの還付申請をした場合、必ず税務調査が入り、その結果多額のペナルティーや、申請金額の減額、更には還付金受領まで1年以上かかることは実務上、よく起きることです。将来的に相殺消去できる蓋然性が高い場合には、還付申請はせずに毎月発生するVAT納税金額と相殺する選択肢を取る事は会社にとって合理的とも言えます(但し、その間、キャッシュが戻ってこないというファイナンスの問題はありますが)。
また、今回のように4年程度で相殺可能見込みということであれば、還付申請は実施せず、繰越処理を選択する会社が多いようです。
会社の将来的な輸出売上割合の予測は、得意先の都合などもあり不確定要素の高い部分です。そうなると、タイ人経理マネージャーが予測できる領域では到底ありません。
よってVAT還付に関する判断は、経理実務上の問題というよりも、むしろ経営上の問題として扱うべき事項であると考えられます。金額的なインパクトからしても一介のタイ人経理スタッフに任せるにはあまりに大きすぎます。
経営者として日頃から注意を払って管理すべき最優先事項のひとつであったともいえますが在タイ日系企業の経営者にとって、以上のような外国独特の税法制度に通暁することは、事実上、不可能とも言えます。
かような事態を予防的に防ぐ意味からも、外部専門家の利用が望ましい選択肢と言えます。

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