ArayZオリジナル特集

知っておきたい タイの契約の注意ポイントと紛争解決

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松本久美 弁護士(日本法)
慶應義塾大学法科大学院卒業、慶應義塾大学法科大学院助教(会社法)。東京の法律事務所での国内外の企業法務、M&A、労務問題、訴訟、破産管財事件等の幅広い経験を基に、タイ進出戦略の策定、進出時の法務フォローおよび進出後の各種法務案件を使う。タイ仲裁センター(THAC)の日本人初の調停員として、紛争解決にも力を入れている。

事業を展開する際に「契約」は付き物だ。しかし、タイにおける契約のルールや概念、しきたりは日本のそれとは必ずしも一致しない。JBL(Thailand)Co., Ltd.の松本久美弁護士(日本法)は「契約書が万全でないために、トラブルに巻き込まれる日系企業は少なくない」と警鐘を鳴らす。松本弁護士が講師を務めたセミナー「『4時間で分かる!』タイの契約の注意ポイントと紛争解決」の内容をもとに、タイにおける契約時の注意ポイントと紛争解決方法を学ぶ。

※本記事は、9月15日に日本経済新聞社がバンコクで開催した日経ビジネススクールアジア特別講座のプログラム内容を元に作成したものです。

契約書はコミュニケーションツールである

「契約書を作ると相手との関係が悪化する気がする」と心配される方がいらっしゃいますが、これはむしろ逆で、契約書を作ることで信頼関係が得られると考えるべきです。
契約書は、相手が将来「そんなことは知らない」「最初はそんなことも言ったかもしれないが撤回したはずだ」などと主張した場合に、「いえ、契約書がありますから」と言って紛争の発生を予防するのに有効なツールであり、紛争が発生してしまった際も、感情的にならず、早期解決するために大変重要なものです。日本では、口約束でも原則有効に契約が成立しますが、タイでは契約書がないと無効とされるケースが比較的多く、なるべく書面を交わすことが推奨されます。
契約に必要な情報が漏れなく記載されていれば、見積書や注文書・注文請書を契約書として利用することも可能ですが、通常は記載が不十分です。契約に潜む紛争リスクはケースごとに異なり、紛争時に効果を発揮できなくては、契約書の存在意義がなくなってしまいます。
契約相手のタイの会社が用意した書式の契約書を利用する場合は、内容が相手方に有利になってないか、締結前に利害関係のチェックを慎重に行ってください。契約書の作成時、サンプルやフォーマットを利用する場合も、個々のケースに則した内容に修正すること、サンプルに違法な条項が含まれていないかをしっかりと確認する必要があります。
また、契約書に使用する言語は、基本的に契約当事者双方が理解できる言語であれば何語でも構いませんが、タイ官公庁に提出する必要がある場合はタイ語が求められるほか、裁判の証拠として提出する場合もタイ語への翻訳が求められます。

契約書、10のチェックポイント【形式面】

契約書の形式面で、特に注意すてチェックすべきポイントを図表1にまとめました。項目1〜6までが基礎的なチェック事項です。
例えば、契約当事者(1)では法人と別の法人の代表者個人間で契約を結ぶのに、個人の方の署名欄に法人名ち代表取締役といった肩書を入れてしまうと、法的に法人同士の契約とみなされてしまうおそれがあります。署名者(3)に関しては、タイ企業では決裁者が覆すケースもあるため、署名者に会社の代表権限があるかどうか確認しておきましょう。押印(4)については、社印は原則必要なもので、紛争時もあったほうが有利です。各社アフィダビットに有効なサイン形式が表記してあるのでチェックしましょう。

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契約書、10のチェックポイント 【内容面】

次は契約の内容面ですが、こちらで注意すべきポイントは千差万別です。今回は、その中の一例として、注意すべき10のチェックポイントを図表2にまとめました。
準拠法と紛争解決方法に関しては、記載がない契約書もありますが、クロスボーダー契約においては特に重要となります。準拠法はタイ法とされるケースが多いですが、日系企業の場合、日本法を選択されるケースもあります。

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もしも紛争になってしまったら

例えば相手が代金を支払わず債権回収を行いたい場合、同じ被害を被った他社と結束して訴えるのも、事実を明らかにするという点では良いですが、相手の限られた資金を他社と取り合う事態を避けるためには、債権回収のアクションはできる限り早く起こすべきです。紛争解決のためのアクションには、大まかに、口頭による請求→会社名での書面による請求→弁護士名での書面による請求→訴訟、という4つのステージが考えられます。各段階で交渉による解決を試み、状況に応じて、当事者同士で交渉するのか、弁護士を使うのか判断すべきです。
当事者同士による交渉のメリットは、関係性のある者同士、比較的温和なムードで交渉・解決が可能なことですが、特にタイでは、パワーバランスが低い場合は交渉が不利に進む可能性があることと、論理的・合理的な内容の交渉にならない可能性があることがデメリットです。弁護士による交渉のメリットは、厳格なムードの中で専門家間における論理的・合理的な交渉が可能なことですが、デメリットとして、厳格な印象が先方の気持ちを頑なにしてしまう可能性があること、専門家に依頼するための費用がかかることが挙げられます。弁護士に依頼するかどうかは見積りを見てからでも決められますので、まずは相談してみましょう。
「交渉は準備が80%」と言われています。まずは状況の把握と争点の整理をすること。次に証拠の収集。そして自己の立場の確認として、有利性・不利性をある程度想定しておくことです。また、合意に至らない場合の代替案の検討など、自社のゴール設定を事前にきちんとするかどうかで交渉時間のかかり方も変わってきます。
残りの20%は実際の交渉です。ポイントとしては、まず今後も相手方との関係性を維持していきたいのか、それとも全面抗争で良いのかを決め、それに合わせたムード作り、言葉選びをすること。
次に、感情論を排除し、争点に沿って交渉を進めること。交渉の場では、相手の主張の真意を探ることも重要です。あとは提案の実現可能性・客観性、そして合意ができない場合の相手の代替措置を意識することです。

タイ人の特性を把握しておく

ある調査によれば、タイ人は人付き合いにおいて関係性を維持することを重視しており、都合の悪いことは笑って誤魔化す、嫌だという感情を隠す性質があるそうです。故に、揉め事を嫌い、立場や意見をぼやかしたり、問題に正面から向き合わない傾向があるため、交渉から逃げられないようにしなければなりません。もちろん、相手に尊重の気持ちを持つことも重要です。
任意交渉が決裂してしまった場合は、訴訟・調停・仲裁という対応方法が考えられます。最も一般的な手法である訴訟には、強制執行まで比較的スムースに進めるというメリットがありますが、タイ語が要求されるため法廷に通じた通訳が求められます。また、調停は柔軟な解決が可能ですが、法的な執行力がありません。仲裁の場合、仲裁地、準拠法、使用言語などの選択が可能になりますが、ハンドリングできる人が限られることなどもあり、費用が高額になりがちです。

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