【連載】千代田中央法律事務所 タイの労働法制 ~ロックアウト事例~

chiyoda

前回(2016年2月号)は、労使間交渉における、労働者側の最終手段としての実力行使であるストライキについて、どのような場合に違法ないし適法になるのかについて、事例を踏まえて検討した。引き続いて、今回は、使用者側の最終手段であるロックアウトについて、それがどのような場合に許容され、あるいは違法とされるのかについて、具体的な事例を通じて見ていくこととしたい。

事例 要求の取消とロックアウト

【1.事例概要】
XらはいずれもYと雇用契約関係にある労働者である。XらはYに対して要求書(以下、「本件要求書」という)を提出し、XらとYとの間で労使交渉が開始された。当該交渉は合意に達せず、調停に持ち込まれたが不調に終わった。そこで、YはXらの就労場所への立ち入りを禁止するロックアウトを開始した。その後、XらはYに対して要求書の取消を書面で通知(以下、「本件取消通知」という)し、Xらを復職させるよう求めた。
これにYは応じず、Xらに対するロックアウトを続行したため(以下、当該本件取消通知以降のロックアウトを、「本件ロックアウト」という)、Xらは本件ロックアウト期間中の賃金の支払を求めて出訴した。

【2.判決】
結論:本件ロックアウトは違法である。
理由:本件要求書の提出者であるXらが、本件要求書取消の意思表示を行い、Yがこれに対して特段異議を述べなかった以上、本件要求書は取消されたものである。本件要求書が取消された以上、本件要求書に端を発する労働争議も覆滅するため、Yのロックアウトを実施する権利も消滅したものである。
以上により本件ロックアウトは労働関係法34条1項に違反し、違法である。よってYは、Xらに対し、XらとYとの間の雇用契約に基づいて、本件ロックアウト以降の賃金相当額を支払わなければならない。

【3.解説】
(1)要求の取消によるロックアウト権の消滅
ロックアウトは、使用者が講じることのできる労使交渉上の最終手段であり、行使が可能な場合が厳格に法定されている。
そのうちの一が、「要求事項に対する交渉の結果合意不成立となり、調停が行われたにもかかわらず合意に至らない場合」である。本件では、Xらから本件要求書が提出され、これを基にXらとYとの交渉が開始され、調停に至ったものの不調に終わったというのであるから、一度はYがロックアウトを行う要件を充足したことは、疑う余地のないところである。本件で争われたのは、一度生じたYのロックアウト権が、Xらによる本件取消通知によって消滅するのか否かであった。最高裁は、本件取消通知によってXらが行った要求が取消され、その結果、XらとYとの間の労使交渉も始めから存在しなかったものと観念される旨述べ、Yのロックアウト権が消滅するとの判断を示した。

(2)なぜロックアウト中の賃金を支払わなければならないのか
雇用契約は、労働者が使用者に対して労務を提供するのに対し、使用者が賃金を支払う
契約であり、使用者が労務の提供を受けない限り、賃金を支払う必要がないのが原則である。
また、そもそも使用者に法律上認められているロックアウト権とは、労働者に賃金を支払
うことなく労務の受領を拒否することができる権利である。
但し、使用者の過失によって労働者が労務を提供できない場合、労働者の賃金支払請求権は喪われない(民商法372条)。
本件では、ロックアウト権が消滅したにもかかわらず違法にロックアウトを続けたことがYの過失とされ、その結果Xらは、Yに対して労務を提供していないにもかかわらず、賃金の支払を求めることができると判断されたのである。

(3)要求取消以前のロックアウト中の賃金
なお本件では、Xらが本件ロックアウト以降の賃金のみの支払を求め、本件取消通知以前のロックアウト期間に対応する賃金の支払は求めなかったため、Xらが同賃金支払請求権を有するのか否かについては、判断されなかった。本件取消通知によってXらとYとの労使交渉が遡及的に消滅するのであれば、Yによる本件取消通知以前のロックアウトについても、本件ロックアウト同様違法と考える他ないと思われる。但し、本件取消通知以前の段階で、ロックアウトの違法性を認識し、これ中止することをYに期待することはできな
いであろう。よって、本件取消通知以前のロックアウトについて、Yには過失がなく、Xらが当該期間の賃金を請求することは、原則どおりできないものと考えられる。

(4)「異議」の意味とは?
また、本判決では、「本件要求書取消の意思表示を行い、Yがこれに対して特段異議を述べなかった」ことによって、本件要求書が取消されたとの記述がある。しかし、Yによる異議の効果については、必ずしも明らかにされていない。しかし、要求書の提出自体は(使用者に事実上の誠実交渉義務を生ぜしめることは別として)、新たな法的地位を作出するものではなく、また、要求の取消によって、特段相手方に手続面での不利益を来すことになるとも考えられない。よって、要求の取消に当たって、相手方の(明示、黙示にかかわらず)同意が必要とは考えられず、「異議を述べなかった」との記述には、格別の意義を見出すことはできない。

(5)労働者側からの要求書
提出の場合のロックアウト最後に、労働者側から要求書の提出があった場合に、ロックア
ウトが可能であることについて、最高裁まで争われた事例もあるため、念のために述べておく。
労働関係法34条1項1号では、ロックアウト、ストライキが禁止される場合として、「相手方に対する要求事項の通知がない場合」を挙げており、字面上、要求書を提出した当事者のみがロックアウト、ストライキを実施することができると読むことも可能である。しかし、ロックアウト、ストライキは、使用者と労働者が対立した場合に、自己の要求を貫徹するため、或いは損害軽減のための防御的措置として採り得る争議行為の一態様である。そうであるならば、労働関係法に定める一定の態様の対立が生じた場合には、いずれの当事者においても、それぞれの争議行為を採り得ることは当然である。

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佐藤聖喜 代表弁護士

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平井遼介 弁護士

千代田中央法律事務所・バンコクオフィス
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South Sathorn Rd, Yannawa,
Sathorn, Bangkok 10120
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