【連載】千代田中央法律事務所 佐藤弁護士が解説!タイの労働法制

chiyoda

本稿においては、前稿に引き続き、就業規則に関する具体的な事例を通じて、使用者として従業員との紛争を避けるためにどのように立ち振る舞うべきかについて検討していく。

1.事案の概要

Y社の就業規則においては、経費申請について、申請者の直接の上長の確認を経た後、申請者が属する部署の決裁権者に対して申請を行うことと定められていた(以下、「本件就業規則1」という)。また、自身の部署である営業部から総務部に応援に来ていたX2は、同部の会計部長であるX1の指示を受けて、自家用車など私有物を業務のために使用し、その費用をX1に対して経費申請した。X1はこれを承認し、X2に対して支払を行った。
Y社は、本件就業規則に反して経費を申請し、または承認を行ったとして、X1、X2に対して、警告書を発することなく解雇補償金を支払わない解雇を行った(以下、「本件各解雇」という)。X1、X2はこれに対し、本件解雇は無効であるとして、Y社の従業員たる地位の確認訴訟を提起した。

2.判決

【結論】
本件各解雇は有効である。
【理由】
X2は、部署間の応援によって一時的に総務部において業務に従事していたに過ぎず、経費の申請については、本件就業規則に則って自身の所属部署である営業部の決裁権者に対して行うべきであった。X1については、総務部の会計に係る決裁権者であり、同部の経費支出についての決裁権限は有していたものの、営業部の従業員であるX2の経費申請を承認したことは、やはり本件就業規則に違反する行為である。
そして、会計に係る決裁権者の地位にあったX1は、経費支出に関する本件就業規則について、特に留意しなければならない立場にあったところ、本件就業規則への違反は、重大な違反行為に当たる。

3.解説

労働者保護法119条1項は、解雇補償金を支払うことなく労働者を解雇することができる場合を列挙している。そして、同項4号は、労働者が就業規則、そのほかの合理的な業務命令に違反した場合を、一事由として挙げている。ただし、同事由に基づいて労働者を解雇する場合には、労働者に対して警告書を発することが原則必要とされており、違反が重大であった場合に限り、警告書が不要であるとしている。本件各解雇を行うに当たっては、警告書が発せられなかった。よって争点は、X1、X2が本件就業規則に違反したか(本件就業規則に合理性があることは論を待たないであろう)、当該違反が重大なものであったか、の2点になる。判決では、本件就業規則の文言と、X1、X2の行動を対比して、まずX1、X2の本件就業規則違反を認定している。次にX1について、会計に係る決裁権者の地位にあったことを重視し、経費支出に関する本件就業規則への違反は、重大な違反行為であったと認定している。
その一方でX2については、違反の重大性について、少なくとも公になっている判旨上は、直接明らかにしていない。本件では、Y社が提起した反訴において、受領した経費相当額全額についてY社に返還するよう、X2に命じる判決が、同一の裁判体から出されている。これは即ち、X2が申請した経費は、本来Y社の業務に必要のないものであったと裁判所が認定したことを意味する。本件では、この点が重視されて、X2の違反行為の重大性が認定されると考えるべきだろう。
本来労働者保護法118条1項4号に言う「重大な違反」とは、X1について裁判所が認定したように、違反した就業規則からの逸脱の程度を問題とする要件である。これに対して、就業規則違反行為と同一行為によって、Y社に別途損害を与えていることを以て、X2の「重大な違反」が認定されたことは、「重大な違反」の認定要素を拡大する判断である点で興味深い。

4.同様の紛争が生じた場合

本件でX2が行った就業規則の違反行為は、経費の申請先を間違えたというものに過ぎない。本来であれば、この程度の違反によって、解雇補償金を支払うことのない解雇が可能になるとは到底考えられない。本件は、上記のとおり、担当の裁判体が一種独特の価値判断に基づいて「重大な違反」の認定要素を拡大したことによって初めて、X2の解雇が適法と判断されたものである。X2と同様の就業規則違反を行った者がいたからといって、直ちに解雇補償金を支払うことのない解雇が可能になると考えるのは誤りである。タイにおいても日本と同様従業員を解雇する場合のハードルは高い。不当解雇となった場合には、バックペイの支払などが必要になる以上、とりわけ解雇補償金を支払うことのない解雇を行う上では慎重を期すべきである。

【共著:平井遼介弁護士】

 

chiyoda
佐藤聖喜 代表弁護士

千代田中央法律事務所・バンコクオフィス
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