特集 2019.05月号

タイで活躍する外国人 -立ち位置を探る-

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国境を4ヵ国と接し、ASEANの中心に位置するタイ。長期的な産業高度化を目指す「タイランド4・0」構想のもとでの経済構造の変革と、2015年末に発足したASEAN経済共同体(AEC)の統合をさらに進めるにあたり、移民労働者だけでなく、技術者および専門知識を持つ外国人移住者が、重要な役割を担うことを期待している。今回はタイで活躍する日本人以外の在タイ外国人7人に、彼らのタイでの立ち位置や職務、私生活などについて聞いた。

2019年のASEAN議長国として、タイは移民労働者の管理を優先事項として織り込むことを重要視する必要に迫られている。

国連の移住者作業部会(UN Thematic Working Group on Migration)がまとめた「Thailand Migration Report 2019」によると、タイに住む外国人数は約490万人(18年11月現在うち390万人がカンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナムから)と14年の370万人から大幅に増加。

全労働人口(約3870万人)の約1割を占め、国内総生産(GDP)の4・3~6・6%を占めている(OECD・ILO推定2017)。

深刻な少子高齢化や1%前後と低い失業率、堅調な経済成長に伴い、外国人労働者の需要は今後も高止まりすると予測する。

専門的な能力・熟練を要する仕事にあたる労働許可証を取得している外国人数をみると、13万6542人(17年)と年々増加している(表1)。国別では日本、中国、フィリピンが2014~17年、トップ3を占めている。

15年末に発足されたASEAN経済共同体(AEC)によって、一部熟練労働者の域内移動が形式的に自由化され、フィリピン人の多くが英語教師として働いている。18年11月時点では11万2834人だが、全外国人労働者数(461万人)の3%以下に過ぎない。

また、地理的に東南アジア、メコン地域の中心に位置するタイは、移住者、亡命希望者、避難民の中継(通過)地点や目的地になっている。1987年~1996年にかけて急成長したタイの隣国であるカンボジア、ラオス、ミャンマーの移民労働者が、主に賃金の格差を背景に急増。労働許可証の取得者が大半だが、人身売買や不法滞在者も少なくない。また、灰色な部分があり、搾取される弱者として労働条件・環境などの改善が求められている。移民労働者の半数が女性と言われる。

 

 

タイで事業を展開する企業の代表として、加盟会議所間の情報交換や調整などに加え、タイ政府への共通の課題などの意見陳述や要望活動(投資環境の整備、貿易の推進など)を行うカン氏。最近では、イラン、ギリシャとブラジルが新たに加盟し、世界でも類をみないユニークな「共同体」を率いる。文化や習慣など、タイ社会の裏表を知り尽くしており、流暢なタイ語で記者の質問にも答える。

タイの労働省雇用局によると、技能職の労働許可証を保有する台湾人は5718人と9位(2017年)だが、在住者は5万人(二重国籍者や永久・リタイアメントビザなどの取得者を含むと約15万人)と言われる。日本人と異なり、台湾人の中小企業経営者らはタイに根付き、中小規模の事業を展開。2、3代目が多く、横の結びつきが強いのが特徴だ。

1980年代後半からの台湾ドル高騰で、自動車部品、電子製品などを得意とする中小企業が製造現場を東南アジアに移転し始めた。それに伴って、地理的にも飛行機で数時間と移動しやすいタイに移住する台湾人が増加。カン氏は、「タイは外国人に寛容で、働きやすく、住みやすい。教育機関も充実しており、家族を呼んで安心して暮らすのに適している」と語る。

存在感を増す台湾人コミュニティ

台湾とタイの政府機関・非営利組織共催の「台湾EXPO2018」が昨年8月、バンコクで初めて開催され、ビジネス面だけでなく、文化面でも友好な関係を維持していることを確認し合った。

一部の台湾企業はタイで事業を展開する日系企業と合弁で自動車のサプライチェーン(金属部品など)構築に貢献。電子機器受託生産(EMS)で世界最大の企業グループ、フォックスコン(鴻海科技集団)が代表的な企業で、世界的なブランド(日欧米)製品をタイで製造し、世界中に輸出している。

カン氏は日本の企業文化から見習う点として、「幹部候補の社員が一ヵ国・地域に留まらずに、先進国・新興国の数ヵ国を数年赴任して見識を広めている」ことを挙げる。台湾企業は専門性が高い分野に強みを持ち、タイ人が不得意な分野を日台で協力して補えると指摘する。

アジアだけでなく、欧米諸国の商習慣を熟知し、長年かけて築いてきたネットワークを持つカン氏。会頭として、「説明責任を負っており、コミュニケーションを大切にしている。一方が勝つのではなく、ウィンウィンの関係を構築し、自分の利益だけを追い求めないことが大事」と強調する。

また、心身の健康を保つには仕事と私生活のバランスが不可欠と、休日はゴルフで汗を流すほか、台湾人の夫人、子供2人と水泳などを楽しむ家族想いの大黒柱だ。

Mr. Stanley Kang スタンレー・カン氏
在タイ外国人商工会議所連合会 会頭
Chairman of the Joint Foreign Chamber of Commerce in Thailand(JFCCT)

台湾生まれ。高校(インターナショナルスクール)時代をタイで過ごしたあと、国立台湾大学で学士号(機械工学)を取得し、米カリフォルニア・ミラマー大学院で修士課程(経営学)を修了した。在タイ年数は通算40年を数え、タイ国籍も保有。スポーツウェア用などの繊維製品を製造するタンテックス・テキスタイル(タイランド)の取締役を務める。
2013年10月に、日本を含む34ヵ国・地域の商工会議所が加盟する在タイ外国人商工会議所連合会(JFCCT)の会頭にアジア人として初めて就任した。

 

「パナマはどこにあるのですか、アフリカですか」――2015年の赴任当初にタイ人女性からこう聞かれて、眉をひそめたと振り返るマルチネス大使。それ以来、母国の認知度を高めるために、外交関係の円滑化や陸海空における地理的な優位性などのアピールに奔走してきた。「タイ王室・政府や他国の大使館、民間企業、教育機関が主催するあらゆる催事にできるだけ参加してきました」とラテン系特有の陽気な笑顔を見せる。

パナマ・タイの2国間関係の歴史は浅く、在タイのパナマ人は現在、大使を含めて一桁台。ただ、副大統領が昨年、来タイするなど、経済分野での協力関係の強化を図っている。社会・文化面では、映画祭、演奏会などを通じて認知度を高めている。同大使館はまた、タイ人船員がパナマ国籍船に乗船するための海技免状を交付する役割を担っている。

タイはアジアで初めて訪れた国であまり知識がなかったが、マルチネス大使は「温暖な気候、美しい浜辺や離島、親切で心の温かい国民性、地域の物流拠点、豊富な青果物など、パナマとタイに共通点は多い」と説明。観光分野でタイから多くのことを学ぶのと同時に、モノ、サービス、投資を地域・世界に再分配する物流のプラットフォームとしてウィンウィンの関係構築を目指す。

地理的に遠いが、太平洋を挟んで共存

日本の外務省によると、両国は運河が開通した1904年に国交を樹立し、パナマに住む日本人は358人(16年現在)。パナマ運河を通過する貨物船の国籍別で、日本は米国、中国、チリに次いで4位と両国間の密接な関係を物語っている(パナマ運河管理局)。

首都パナマシティ郊外に経済特区と保税区があり、多くの日系企業が進出しているという。

マルチネス大使は、「日本企業が得意な物流・配送、生鮮食品の加工・配送、自動車・重機・予備部品の3分野に絶好の機会が待ち受けています。健全な民主主義、持続可能な経済成長、物流・港湾サービスへのアクセス、経済特区、外資の利益を守る法的な枠組み、高度熟練労働者、整備されたインフラ設備を日本人投資家に提供します」と自信を示す。

また、石油やガスなどのコンテナ貨物輸送におけるスエズ運河などとの競争力強化とともに、大型クルーズ船など新たな市場の開拓を視野に入れる。

コスタリカと国境を接するチリキ市出身のマルチネス大使。「タイ北部のチェンライと似て、山など自然に囲まれた土地。これまでは政府・金融機関などで多忙な日々を送る駆け足の人生だった。引退後は静かな故郷で過ごすつもりです」と第二の人生の設計を語る。


Ms. Maria del Carmen Martinez
マリア・デル・カルメン・マルチネス氏
在タイ・パナマ共和国大使・総領事
Ambassador of the Republic of Panama

太平洋と大西洋(カリブ海)を結ぶ中南米パナマの閘門(こうもん)式運河。海運の要衝として1914年に完成したが、限界に達した航行量や船舶の大型化などで拡張を決定。2007年に工事に着工し、16年に終了した。
パナマ運河ばかりに話題が集中するが、安定した政治体制の下で成長を続ける経済や、豊富な観光資源、初のサッカーW杯(2018年大会)などを背景に、パナマはタイでもその存在感を高めている。

 

世界で3番目の規模を誇る在タイ・オーストラリア大使館によると、タイに在住する同国人は約3万人で、年間80万人が観光と商用で訪れる(2017年)。事業を展開する企業は2百社以上で、サービス関連企業の進出がここ数年、活発という。

「私の任務はオーストラリアとタイの橋渡しをすること」とマウリエロ氏は、今年3月まで3年間に渡り、在タイ・オーストラリア人商工会議所の会頭を務めた。

現在はASEAN地域にある9ヵ所のオーストラリア人商工会議所をまとめる協議会の会長として、各国との貿易・投資環境の改善にも努める。

外交関係を樹立して今年で67年目を迎えた両国。貿易経済以外でも関係は良好だが、文化的・宗教的な背景が異なるため、誤解が生じることがある。マウリエロ氏は、「お互いを100%理解することはできないが、オーストラリア人は他国の文化や習慣には敏感で尊重する。直接ではなく、異なった経路で、メッセージを伝え、同僚の前で部下の顔をつぶさないなど、タイ人の本質を理解することが大事です。組織・集団内の上下関係が厳しくトップダウン型の経営・社会であることにも気づきました。西洋人にとって複雑ですが、理解することでタイ人と上手く働けます」と指摘する。

日本人歓迎、国際交流の場を提供

企業の規模はそれほど重要視せず、ビルの設計でグローバルなブランド価値を持つタイ企業になることを目指すマウリエロ氏。「バンコクのソイ(小道)は刺激的で、どこに好機があるかは分かりませんが、転がっていることは確かです」とエキサイティングで創造のエネルギーに溢れている“天使の街”で新しいことに挑戦し続けることを強調する。

「東京にも活力があり、ビルは外から見るとなんの変哲もないですが、中に入ると何かが起こることを予感させる設計が施されています」と感心する。日本人はビジネス面ではタフな交渉相手だが、一旦合意すると仕事が早いと舌を巻く。

「先日、バーで隣のテーブルに座った日本人グループと意気投合しました。たどたどしいブロークンイングリッシュでしたが、言葉の壁を超えて交流しました」と、一度胸襟を開くと、長期的な関係を重視する信頼できるパートナーとなると評価する。

在タイ・オーストラリア人商工会議所は定期的にイベントをバンコクで開催しており、オーストラリア人とタイ人に加えて、他国からの参加者も多いが日本人の姿は見かけないという。バンコクの日本人社会は大きく、ビジネスから退社後の交流まで日本人だけで完結してしまっていると、マウリエロ氏の目に映る。

「オーストラリア人の性格はオープンで日本人を歓迎します。是非、参加して他国の人々と交流してほしい」と笑顔で話す。


Mr. Brenton Mauriello ブレントン・マウリエロ氏
dwp グループ経営責任者(CEO)
dwp Group, Chief Executive Officer

南オーストラリア州の州都アデレード出身。地元の建設会社と米ヘルスケア大手ジョンソン・エンド・ジョンソン(ロンドンとシドニーの法人)に勤務後、26歳で来タイ。大手流通会社と製薬会社を経て、建築デザイン事務所dwpに入社。
現在、バンコクを拠点に世界11ヵ所で事業を展開しており、従業員は約400人(うちタイ人約140人)。バンコクとクアラルンプールでレストランやカフェなども経営している。妻はタイ人で、在タイ歴は今年で25年目を迎えた。

 

在タイ・カナダ大使館によると、タイに在住するカナダ人は約6千人で、年間25万人が観光などを目的にやってくる。また、カナダにとって、タイはASEAN第2位の貿易取引国(17年は40億米ドル)。航空機・鉄道車両などを生産するボンバルディア、EMS(電子機器受託サービス)のセレシティカ、自動車部品製造のマグナなどが、タイで事業展開する代表的な企業だ。

1年の半分近くが冬で、タイとは気候などが大きく異なるが、「カナダ人は控えめで奥ゆかしい。社会主義的な面があり、弱者に優しい。白か黒かではっきり物事を判断しない点で、タイ人と価値観を共有しています」と共通点を挙げる。

一方、英語・仏語と異なり、タイ語には複雑な敬称や敬語があるため、「最初は面を食らいました」と苦笑。タイ人は宗教的な信仰を重んじており、「西洋人の観点からは理解できないことがありますが、受け入れることを学びました」と振り返る。

企業・個人レベルでも交流が盛ん


カナダ人商工会議所主催のイベントで講演するパテル氏

「北米のパリ」と呼ばれ、1976年に夏季オリンピックが開催されたモントリオールで育ったパテル氏。ケベック州政府の後押しもあり、現在は世界有数のデジタルアート企業「モーメント・ファクトリー」などが集積するマルチメディア都市に変貌している。

「カナダはタイ政府が推進するAI(人口知能)・IoT(モノのインターネット)や医療、農業、鉄道など幅広い分野で先端を行っています」と連携できる領域は少なくない。特にデジタル時代において、変化のスピードはますます速くなっており、タイは高度な技術者の育成・教育訓練が喫緊の課題と指摘する。

現在、パテル氏は顧客の大半を占める欧米系企業の事業目的を達成するために効果的な戦略を提案しているが、「個人的な見解ですが、カナダと日本は価値観を共有しており、長期的な関係を築き続けることができる強国です」と在タイ日系企業との連携に意欲を示す。

同社は約35人の従業員を抱え、約90%がタイ人。パテル氏は仏ビジネススクール時代の同窓生だったタイ人女性と2年前に結婚しており、今後もバンコクを拠点に事業を展開するとともに、近隣国への進出を検討している。カナダとタイは企業・個人レベルでの交流も盛んで、カナダ人商工会議所(CanCham)は、定期的にビジネス情報や意見交換を促進するイベントを開催している。


Mr. Sunny Patel サニー・パテル氏
トレンズ・デジタル マネージングダイレクター
Trends Digital Co., Ltd. Managing Director

カナダ・オンタリオ州ウェスタン大学(哲学学士)卒で、初めて就いた職がピザの宅配人という。その後、フランスに渡り、世界トップクラスのビジネススクール「INSEAD」に入学。MBA(経営学修士)とCFA(認定証券アナリスト)資格を取得し、ロンドンの金融機関で活躍した。
成長の見込みの高いアジア諸国を歴訪した際に、「少ない初期投資で挑戦できる場がタイにある」と2013年にデジタルマーケティングなどのソリューションを提供するトレンズ・デジタル社をバンコクに設立した。

 

タイとインドは長い伝統的な友好の歴史を有し、両国間の交流は紀元前3~6世紀に遡ると言われている。インド発祥の仏教を国教として採用しているタイは、ヒンドゥー教の儀式などの影響も受けており、デュッタ氏によると、特にインド北東部とタイは精神的・文化的な面で多くの共通点があり、相互交流の機会を広げている。

「タイのインド人コミュニティは20万人を超える大所帯。そのほとんどがバンコクと北部チェンマイ、南部プーケット、ソンクラーに居住し、タイ人社会に同化しています」。バンコクでは、西のパフラット通りとスクムビット地区周辺で事業を経営するインド人が多く、20世紀初頭に定住したシーク教徒が、重要な役割を果たしている。

物理的なコネクティビティ(連結性)面では、ミャンマー経由でタイのメソトを結ぶ3国間高速道路(4車線)が、最終的にラオス、カンボジア、ベトナムへと拡張される見通しで、デュッタ氏は、複数輸送プロジェクトにより2国間の貿易が促進されると期待する。

人材などソフト面での交流も深まっている。高中所得者となったタイ人は、特に子供の教育に力を入れており、インド人が得意とする英語やICT(情報通信技術)の分野を重視している。

バンコク郊外にあるキングモンクット工科大学で講師を務めるデュッタ氏の妻によると、タイ人学生は科学技術の分野で才能を発揮すると同時に、美的・芸術センスが高い。聞き上手で一つの作業に対する集中力はあるが、同時に複数の作業を切り替えながら実行することが苦手と分析する。

数々のプロジェクトで活躍

メコン研究所と日本の関係は2011年まで遡る。日本はインドの発展と連結性強化のための主要なパートナーと位置付けるデュッタ氏は、日アセアン統合基金(JAIF)の支援による「民間セクター開発プロジェクト」を皮切りに、チームリーダーとして「大メコン圏南部経済回廊における中小企業の競争力強化」といったプロジェクトに携わってきた。
「日本貿易振興機構(JETRO)や国際協力機構(JICA)、長崎大学からの専門家らと様々なプロジェクトで仕事をしてきましたが、常に新たな知識と情報を得る機会を頂けた」と感謝する。

東日本大震災とタイの大洪水の契機に開始された「お互いプロジェクト」のさらなる推進・促進・拡大を目的として、15年に設立された「お互いフォーラム」にも参加。名古屋で開催された際には基調講演を行った。

また、メコン諸国の中小企業と日本企業をお見合いさせるビジネスマッチングを実施するなど、キューピット役としても活躍している。

Mr. Madhurjya Kumar Dutta マデュリュジョ・クマ―・デュッタ氏
メコン研究所 ダイレクター
Mekong Institute Director of Trade and Investment Facilitation

インド北東部アッサム州出身のデュッタ氏は、デリー大学で修士号を取得後に、ドイツのドルトムント大学で修士課程(開発計画)を修了。カンボジアとフィリピンでの滞在を経て、2010年に来タイ。人材育成開発や能力開発プログラムなどを提供する、政府間機関のメコン研究所(本部:東北部コンケン県)の貿易・投資促進部長として、各国間(タイ、カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム、中国・雲南省および広西チワン族自治区)の調整などを行う。

 

タイは米国と昨年、国交樹立2百周年を迎えた。1833年には修好通商条約を結んでおり、近年では、2011年には生産性の向上や革新的な産業の育成などを目的に「Creative Partnership」を発効、13年には知的財産保護などを謳う「科学技術協力」で合意している。米国商工会議所によると、登録企業は6百社以上に上る。

シンガポールを建設した英国人、トーマス・スタンフォード・ラッフルズ氏にちなんでタイに設立されたスタンフォード国際大学で2015年から教鞭を執るオーティス氏。

経営学(BA)専攻の学生(学士課程)に国際関係論と異文化論を教えるほか、課程企画長、学生の相談役として三足の草鞋を履く。

「学生の95%が外国人(欧州、アフリカ、中東、南アジアなどの出身者)という環境で、国内にいながら5%のタイ人は異文化に触れる機会がある」と説明する。卒業者はタイ国内の多国籍企業に就職、もしくは大学院に進学、雇用機会のある他国へ移住するという。

ただ、タイの教育制度は大きな変革が必要と熱く語る。「問題は教師の質だけでなく、学生の両親にあることが少なくない。大学進学で二者択一の選択肢がある場合、両親が進学先を決め、学生の意思が尊重されない」と大人になれない未熟なタイ人を育てていることに警鐘を鳴らす。

功罪の両面を共有するタイと米国

タイ人と米国人の共通点として、家族単位を挙げる。「私のタイ人妻の家族関係に限ると、米国人と同様に拡張家族ではなく、核家族の単位で行動することを好みます。従って、タイ人の親戚とは少し距離をとりながら良好な関係を保てることが心地よいです」と語る。

両者とも中流家庭の出身で価値観を共有しており、「生まれた国も国籍も異なりますが、同じ階級なので意見の不一致も少ないです」と語る。また、初対面でも気軽に声を掛け合う点も似ているという。

負の側面は、消費癖で、「割安だからと言って日常生活で必要のない商品を買ってしまいます。不動産や自動車などの購入でも、ローンに頼って身の丈以上の過剰消費に走ります」と懸念する。

中南部ペチャブリ県チャアムに別宅を構えるオーティス氏。「外国人に人気の避暑地ホアヒン(同大学がキャンパスを構える)のすぐ北にある町ですが、ローカル色が強く、物価がそれほど高くない。雄大な自然が広がり、バンコクではできない海辺の散歩、トレッキング、庭弄りなどが楽しめます」と疲れた心身を定期的に癒して、新たに教育に情熱を注ぐ。

Mr. Ricardo Lucio Ortiz リカルド・ルシオ・オーティス氏
スタンフォード国際大学講師
Stamford International University lecturer

米国カルフォルニア州生まれ。初めてタイの地を踏んだのは留学生としてで、東北部コンケンに数ヵ月滞在した。その後、米中北部にあるウィスコンシン大学在学中に交換留学生として再来タイを果たす。
タマサート大学大学院で修士課程(国際関係論)を修了後は、私立バンコク大学の教員(国際コース)、コンサルタント会社で月刊誌の編集長・コンサルタントなどを歴任して現在に至る。在タイ年数は通算で19年に及び、タイ人女性と結婚して今年で10年目を迎えた。

 

昨年のサッカーW杯決勝トーナメント1回戦で日本と死闘を演じたベルギー。フェアプレーに徹した日本代表選手だけでなく、「日本のファンは敗戦後に観客席のゴミ拾いを行うなど、ベルギー人に非常に好意的な良い印象を残した」とコレンバーグ氏。日本に論文の発表で訪れる機会があったが、大人だけでなく、子供の規律・礼儀の正しさ、ひたむきさなどに感嘆したという。

主にスポーツを通してタイ社会に貢献をしているコレンバーグ氏は、多方面にわたってその才能を発揮している。博士号の取得後は週末に大学で講師として働くと同時に、現在携わっている非営利団体(NPO)でテニスなどのスポーツのコーチとして人の役に立ちたいと抱負を述べる。

タイとベルギーが協力できる得意な分野として、飲食・おもてなし・観光などのサービス業界を挙げる。また、欧州と東南アジアの中心にある両国は、その優位性を生かして地域の戦略的なリーダーになるために緊密に協力することを提案。ただ、上司と部下、教師と学生の権力距離が高いタイとは文化的には隔たりがあり、「タイ人は日本人と同様に『We』で行動するが、ベルギー人は『I』で主張します」と説明する。

バンコク交通の要衝を支える「タイ・ベルギー陸橋」

 

王国同士の絆

ベルギーとタイは昨年、国交樹立150周年を迎えた。両国とも王国ということで日本の皇室やタイの王室と緊密な関係を保ってきた。バンコク都心を走るラマ4世通りとサトーン通りに架かる「タイ・ベルギー陸橋」に、ベルギーから逆輸入された高級タイ料理レストラン「ブルーエレファント」など、市内には両国の関係が深いことを示す陸標がある。「タイ料理はベルギーで大人気。ゴディバなどのチョコレートはタイでも有名」と食べ物がキューピットとなり、結婚に至るカップルも少なくないと相性は抜群だ。

コレンバーグ氏はメディア企業のブランドアンバサダーとしての顔も持つ。政府機関、民間企業のトップから著名人、芸能人まで幅広い人脈を生かして他のメディアとは一線を画す取材方法で報道する。学問、仕事、社会活動と三足の草鞋を履く多忙な日々を送るが、今後は情熱のあるひとかどの人物としてタイ社会に貢献したいと熱く語る。


Mr. Mark Kolenberg マーク・コレンバーグ氏
アジア・メディア・パブリッシング・グループ
ブランドアンバサダーなど
Asia Media Publishing Group

長年に渡り、タイの教育活動に携わってきた聖ガブリエル修道会が運営する私立アサンプション大学で学士・修士(MBAなど)を取得。在学中にはテニスの大会で優勝するなど、現在は「リーダーになる条件である哲学などを学びたい」と人間科学の博士課程で学ぶ。在タイ歴は27年。幼少時から父親に連れられてタイ国内を転々とし、「北部の山岳民族らとの交流などを通じて相互理解を深め、異文化を尊重することを学んで成長してきました」と振り返る。

「カンボジアから出稼ぎにきている」――スクムビット通り沿いに建設されるコンドミニアムの現場から出てきた作業員は真っ黒な顔でほほ笑んだ。

日本でいう3K(きつい・汚い・危険)仕事を嫌がるタイ人の穴を埋めるために、近隣国から出稼ぎに来る外国人肉体労働者は絶えない。

漁業・水産業に従事する労働者はほとんどがミャンマー人で、サムットサコン県の港町マハチャイは「リトルミャンマー(ビルマ)」と揶揄される。平均月収は7730バーツと農業従事者(6千バーツ)よりも高いが、国が定める最低賃金を下回っている。

最近では、人手不足もあり、サービス産業でも移民労働者が目立ってきた。日系居酒屋チェーンを展開する経営者は「最近はウェイトレスを探すのにも苦労する。(合法に就労する)ミャンマー人労働者抜きで店舗経営は成り立たない」と嘆く。

常勤移民労働者の64%が健康保険に加入するが、非正規労働者を含めると51%まで下落する。子供は16万4千人強がタイの学校に入学する一方、20万人がまったく教育を受けていない(国連の移住者作業部会Thailand Migration Report 2019)。

また、タイからカンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム(CLMV)への送金は年間280億米ドルと言われる。

都市別の一般工職(ワーカー)の年間基本給を見ると、バンコクは6001米ドルと、ホーチミン(4474米ドル)、プノンペン(2376米ドル)、ビエンチャン(2308米ドル)、ヤンゴン(2167米ドル)を大きく上回った(ASEAN日本センター。JETRO「投資コスト比較(調査実施時期:2016年度)」。


ミャンマー・カンボジア・ラオスからの移民労働者の申請を受け付ける入国管理局(バンコク北郊)

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