ビジネス・経済 2019.02月号

【タイ】日本食、海外普及に予想外の障害=タイがトランス脂肪酸を禁止(バンコク支局 増田 篤)


2013年に「和食」が国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録されたことで、世界的に日本の農水産物や食品に注目が集まり、日本政府は農林水産物の輸出1兆円達成を目指している。

アジアでは日本の農水産物や食品輸入で先行したのは香港、次いでシンガポールだが、富裕層だけでなく、中産階級でも日本食が日常食の一つとして最も定着しているのはタイだろう。そんな日本食好きの市民が多いタイで、日本食品の輸入に予想外の障害が相次いでいる。その一つがトランス脂肪酸規制だ。

突然の規制通知

タイ保健省は2018年6月13日、「部分水素添加油脂(PHO)」とこれを含む食品の製造、輸入、販売を19年1月9日から禁止すると告示、地元メディアは関係業界の反響を含め大々的に報じた。PHOとは心血管疾患などの健康への悪影響が問題視されている「トランス脂肪酸」を生成する原因油脂の一つ。告示は「PHO由来のトランス脂肪酸は冠動脈疾患のリスクを高めるため禁止する」と説明している。

トランス脂肪酸は、牛肉、牛乳、乳製品にはもともと微量ながら含まれているため、この告示でも「食品からトランス脂肪酸が検出されることをすべて禁止するものではない」とした。品質改善のため部分水素添加処理をしたマーガリンやショートニング、これらを原料に使ったパンやケーキなどに含まれるトランス脂肪酸のみを禁止するということ。しかし、検出されるトランス脂肪酸が天然由来なのか、PHO由来なのかどうかの判別は現時点でできないとされる。

トランス脂肪酸の使用に関しては、その食生活から摂取量が多い欧米を中心に一部規制が導入されており、タイでの話も驚きではない。しかし、特に日系を含む製パン会社や食品輸入会社、小売業界などの中には告示まで全く聞いていなかった会社も多く、告示から1ヵ月たった7月13日の官報掲載からわずか半年後の法施行というスケジュールに混乱が広がった。

輸入商社、食品小売りの苦悩

ある日系大手製油メーカーは「禁止の可能性は告示前から聞いていたが、いつ施行されるのかは知らなかった。米国ではこうした法律は発表から施行まで3年ぐらいの猶予はある」と戸惑いを隠さない。国内外の大手製油メーカー、地元の大手食品会社や大手小売り会社に対しては、1、2年前から当局から「対応可能か」などのヒアリングがあったとされ、心構えや準備もある程度できていたようだ。

しかし、さまざまな食品を多数の会社から輸入している商社や輸入販売している食品スーパーは、自ら製造工程に関わるわけではないため、PHOが禁止されていない日本で製造したものに対しては、メーカー各社に使用しているかどうか聴き取りをしなければならない。使用していた場合は切り替えを要請するか、輸入を断念するしかなく、ぎりぎりまで対応に追われている。食品スーパーなどでは、タイ人にも人気の日本製カップ麺などを棚から撤去しなければならないケースも出てくるようだ。

今回のトランス脂肪酸騒動、一つの大きな問題はタイ人にとっても本当にトランス脂肪酸の健康リスクが高いのかという点だ。例えば日本人の食生活では欧米人に比べ乳製品やパン食が少ないためか、農林水産省などの調査研究により、トランス脂肪酸は「通常の食生活では健康の影響は小さい」と結論づけ、規制していない。

ある日系企業の関係者は、「本来なら日本のような疫学的調査を行うべきだったのではないか」と疑問を投げかけている。タイ人の食生活において、トランス脂肪酸摂取のリスクに関する十分な疫学的研究を行わないまま規制導入に踏み切ったと思われても仕方がない。ある業界関係筋は、今回の唐突な規制導入の背景には欧米のトレンドへの単純な追随があったのではないかと疑っている。タイ政府の性急な禁止措置が駐在日本人への影響だけでなく、タイ人の間での日本食ブームにも水を差しかねない。

※ この記事は時事通信社の提供によるものです(2019年1月7日掲載)

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