【連載22回】但野和博のコンサルコラム サポート実録記“タイの経理現場より”

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タールア社編(第1回)「ある大きな男との出会い」

~この話は、日本で少しだけ習得してきたタイ語と、日本で経験してきた経理・財務知識、そして出張時代に携わったタイの経理事情の知見を売りに、ほぼぶっつけ本番でタイでの事業を始めて数ヵ月の頃の物語である。
こ の頃のサポート内容は経理記帳代行が中心であった。故に物語を通してタイでの基本的な経理実務を一通り掴むには、格好のものになるであろうことを期待して お届けしたい。その分、いつもよりも説明的で、ややもすると冗長なくだりもあるかもしれないが、物語に形を借りた“タイ経理実務説明書”と思って目を通し てもらえるとありがたい~

その男は大きな身体を揺さぶりながら、ぶっきらぼうが板についているといった風体で、挨拶もそこそこに、こちらからのサポート内容の説明も気に留めることもせず、本題と思われる登記簿謄本をいきなり差し出してきた。
男の名前は角さんといった。
「これちょっと見てもらえます?」
謄本をいきなり差し出され、初対面ではあったが何かを試されているかの如く大きな身体の角さんからそう言われると、少しも気を緩められず、内容を簡単に、いや正確には簡単に読んでいるように、多少繕いながら確認してみた(※1)。
見たところ特に変わった点はない。というよりも、まだこの会社、『タールア社』そのものの具体的な現在の状況説明を受けていないので、何が問題になるかは聞きながらでないとあぶり出せない。
謄本を見る場合のポイントは、取締役構成とそれぞれの役割だ(※2)。
「ここに出ている奈良さん、葉行さん、大野さんの3名皆さんが署名権を持っていますね。この中でタイの代表(MD)として常駐予定の方はどなたになるのでしょうか?」
この時点で角さんが取締役ではないことは分かった。
それと隣で恐縮しながら話を聞いている、エンジニアのような雰囲気の井勃さんも取締役には名を連ねていない。
「3人とも、タイにはいません。タイでの常駐者はこちらの井勃になり、私は社外サポートみたいな役回りです」。
何とも分かりにくいが、要するにタイで通常署名できる人が不在なのは確かだ。
「タイ語がよくお分かりのようですね。では、これからも頼りにしてますので、よろしくお願いします」と、角さんはこの程度のミニテストみたいなものにも関わらず、随分と信を置いてくれるような口調で、答え合わせをした後の学校の先生さながらの目線を送ってきた。
タイに署名権のあるMDを置かないことに一抹の不安を残しながらも、「次回は月次財務諸表の最初のご案内になるでしょう」ということでファーストコンタクトを終えたのであった。
(次回に続く)

(※1)
タイでは法人の謄本を、委任状なしの第3者が登記所で入手することができる。また原則、すべての法人に決算公告が義務付けられているので、決算情報も公開情報として商務省のWebから確認が可能。その上、株主情報も登記事項であるため入手可能である。通常タイで謄本一式というと、日本の基本定款に該当するような、取締役やその権限が記載されたもの、そして事業目的を記載したもの(いわゆるナンスーラップローンとタイ語で呼ばれるもの)、加えて株主名簿的な株主リストを指す場合が多い。そのため、簡単な相手先の与信情報であれば、ある程度自力でも対応可能なことは意外と知られていない。但し、これらの情報は全てタイ語であるため、入手して情報として活かすための時間と手間を考えると、外部の会計事務所やコンサル事務所に依頼するのもひとつの手段だ。
(※2)
「取締役として登記していなくても署名権を持てますか」という質問を受けることがあるが、答えは不可である。署名権とはあくまでも登記上の取締役に付与することが可能な権利であり、日本で言うところの代表権に近い。近いというのは、この署名権については謄本の中である程度権利を限定することも可能であるからである。
例えば、営業に関する署名権(営業活動における契約書署名など)と経理に関する署名権(出納など金融機関に提出する書類関係の署名など)を設定することも可能だ。署名権者を複数設定することもあるが、そのうちの一人だけ有効とさせるか、あるいは二人など複数の署名にて有効とさせるかなどの設定も可能である。そのため、重要な契約を交わす場合、相手方から双方の謄本添付を求められることがある。契約書の署名者が真の署名権者で、有効な契約足り得るかを担保するためである。

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Accounting Porter Co., Ltd.
代表者 : 但野和博
所在地 : 24 Prime Building, 12th Fl., Room No.A, Sukhumvit 21 Road (Asoke),
Klongtoey-Nua, Wattana, Bangkok 10110
電話番号 : 02-661-7697
事業内容 : 記帳代行、経理コンサル、進出支援等、
顧客企業の事業の発展に寄与するサービス業
提携先 : 愛宕山総合会計事務所 /
日本 (代表 : 日本国公認会計士相川聡志)
E-mail : kazuhiro.tadan@aporter.co.th
http://aporter.co.th/

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但野和博

2012年5月タイ・バンコクにて、Accounting Porter Co., Ltd.を設立。日系企業の進出サポート及び経理を中心としたバックオフィスサポートを提供するサービス業として、同社を運営中。
日本での上場事業会社2社通算6年のCFO経験を活かし、日本本社部門との直接の対応を含み、現場では管理部門の立て直しを含めた相談にも対応している。本コラムでは、タイの経理現場で起きていることを中心に具体的なサポート実例を交えて執筆中。

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